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宦官(かんがん)とは、去勢が施された官吏である。「宦」は「宀」と「臣」とに従う会意文字で、その原義は「神に仕える奴隷」であったが、時代が下るに連れて王の宮廟に仕える者の意味となり、禁中では去勢された者を用いた為、彼らを「宦官」と呼ぶようになった。
去勢技術は家畜に施すものとして生まれた為、宦官は牧畜文化を持つ国にのみ存在するという説があるが、現実には牧畜文化を持たない国においても宦官は存在した。
日本
日本では、刑罰や宗教的動機で、男性を去勢した例はあるものの、行政機構としての宦官制度は広まらなかったといわれる。 しかし、江戸時代の古川柳に「奥家老らせつしたのを鼻にかけ」というものがある。また「案山子かな女中預かるらせつ人」という古川柳も残っている。 「らせつ」とは漢字で「羅切」と書き、「陰茎切断」の俗語であることから、女官たちを取り仕切る宦官に近い存在はあったようである。
中国
完全去勢された股間を晒している中国の宦官。19世紀末にフランス人医師J.-J. Matignonにより撮影され、1898年に発表された。刑罰として去勢(宮刑・腐刑)されたり、異民族の捕虜や献上奴隷が去勢された後、皇帝や後宮に仕えるようになったのが宦官の始まりである。しかし、後に皇帝やその寵妃等に重用され、権勢を誇る者も出て来るようになると、自主的に去勢して宦官を志願する事例も出てくるようになった。このように自ら宦官となる行為を自宮、あるいは浄身と呼ぶ。
中国諸王朝に於いては官僚は特権階級であったが、貴族(没落貴族も含む)ではない庶民階級の者が文武問わず正規の官僚として高位へ登る道は、隋以降に導入された極端に競争の激しい科挙(進士採用試験)を除くと事実上無いに等しく、自宮者は後を絶たなかったという。自宮宦官の例として、土木の変を引き起こした王振、皇帝を凌ぐほどの権勢を誇った魏忠賢等が知られている。
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五代十国のひとつ南漢国は、特に宦官を重用したことで知られ、科挙の成績優秀者は、まず性器切断してから登用したほどであった。最後の皇帝劉鋹(在位958年 - 971年)の時代には、総人口100万人に対し宦官が2万人もおり、この国の男性25人に1人は完全去勢していたことになる。
統一王朝の場合でも、宦官は普通は多くても数千人ほどで、おもに後宮に配置された。しかし、明代には爆発的に増え、約10万人に膨れ上がった。 「皇明実録」によると、1612年(明の天啓元年)に政府が、宦官の補欠3000人を募集したところ、応募者が2万人に達したため、急遽募集人数を4500人に増やしたという記録が残されている。
また宦官の影響で国政が乱れた例も多く、その弊害が最も顕著であったのは後漢・唐(中期から後期)・明と言われる。また、趙高は秦を滅亡させるきっかけを作った。宦官によって国政が乱れることは指摘されてきたが、歴代中国王朝はこれを廃止することはできなかった。宦官は権力を世襲できず、そのため常に皇帝と密着した存在であり、皇帝と離れては存在できなかった事から、皇帝が権力を託すための存在として必要不可欠であった(宦官ではない者に権力を託すと、当然の事ながら個人に留まらずその一族の権力となり、帝位を算奪される危険が伴う)。後漢では豪族の力が甚だ強く、それに対抗するために皇帝が手足として使った存在が宦官であった。唐に於いても藩鎮勢力に対抗するためと考えられる。明代に於いては皇帝権が極めて強く、それに比して無能・怠惰な皇帝が存在した場合に宦官が表に出るようになったと考えられる。
切り取られた性器は大切に保管され、本人の死亡後一緒に棺に納められた。その為性器を失くした場合、他の宦官の物を盗むに至った事例もあったようである。また、自宮の際には手術代の代わりに性器を質に入れるものもいた。死後、性器と一緒に埋葬されなければ驢馬に生まれ変わるといわれた。
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時期や方法にもよるが去勢されても性欲は残る。そのため宦官と女官との不義がたびたび起こっており、多量の張型が押収されるという事がたびたびあった。宦官の性行為では多量の汗をかき、相手や物に噛み付くなどして性欲を発散させるという記録が残っている。
中国では、1911年の辛亥革命により清王朝は滅亡したが、最後の皇帝である宣統帝溥儀は1912年の退位後も清室優待条件により紫禁城に居住し続け、太監(宦官)も同条件により新規採用者の募集を停止したのみであった。その後、1924年の馮玉祥のクーデターで宣統帝とともに宦官も紫禁城から追放され、その歴史の幕を閉じることとなった。このとき追放されたのは、宦官2000人と女官200人と伝えられ、紫禁城内の生活において宦官がなくてはならない存在だったことが分かる。
(以上、ウィキペディアより引用)
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